事件はある日の早朝に突然起こった。

「お届けものでーす!」
 うるさいな。今何時だと思ってるんだよ。
「お届けものですー!」
 後でもう一回くりゃいいだろ。
「お届けものですよーー!」
「おいルシフェル・・・。」
 何ですかその目は?自分でいけばいいだろ!私だって眠いんだから。
「おーとーどーけーもーのーでーすー!」
「ルシフェル!」
・・・・・クソッ。わかったよ。


それはまだ、彼らがあんなに広いお家を持つ前のお話。
その頃は、普通の一軒家に彼らは暮らしていた。


ちゃいるど


「お届けものですってば!」
 何度叫んだか彼はもうわからなかった。扉を何度叩いたかも忘れてしまった。
 時々ご近所の人からうるさいとクレームがくる。しかし、諦めて帰るわけにもいかない。
 宅配人としての使命というわけではない。ただ届け物が生物なのだ。
 クール宅急便などではないから、早くしないと腐ってしまう。
「おー届け物ですよー!」
 めげずに再び声を張り上げる。もうそろそろ喉が枯れてきて少し苦しい。
ガサッ
 と、ここでようやく反応らしき反応があった。
 きっとのっそりとした動きでこちらに向かってきてるのだろう。案の定、ぬぼーっとした顔の青年が出てきた。
「お届けものです。」
 笑顔で手に持っていた箱を差し出す。
「・・・・・・。」
 しかし、青年―――ルシフェルは、それを受け取ろうとはせず、半眼で彼を睨みつけている。
「あのー。」
「貴様・・・・・今何時だと思っている?」
 明らかに怒ってるとしか思えないドスのきいた声をだす。
「えーと・・・・4時・・・23分ですね。」
しかし、配達人は平然と腕時計(というものがこの世界にあるのかどうかは知らないが、きっとあるのだろう)を見て、時刻を告げた。
「そんな時間にでかい声でわめき散らして・・・・・非常識だと思わんのか?」
「しょうがないですよ。生物なんですから。
 そんなことより、サインお願いします。」
 そんなことよりという言葉が気になったが、ルシフェルは何も言わなかった。さっさと受け取ってまた寝たいのだ。
「すぐに冷蔵庫か何かに入れといたほうがいいですよ。」
 宅配人の忠告も彼はあまり聞いていなかった。
 ルシフェルは、テーブルの上に無造作に箱を置くと、再び夢の世界へと旅立った。

「あれ?」
 “それ”を見て、サディケルは足を止めた。
「・・・・・。」
 しゃがみこみ、まじまじと“それ”を観察し、“それ”もサディケルを観察しているようであった。
ぺち
“それ”がサディケルの手を叩く(というよりは触る)。
「・・・・・かわいいなあお前。」
 笑みとともにこぼれた言葉にも、きょとんと“それ”は首を傾げるだけ。
「えへへへ。」
 奇怪な笑みを浮かべ、“それ”を抱きかかえると、とてとてと皆のところへ駆けていった。

 ん?とテーブルにあるものを見て足を止めるカマエル。
 そこにあったのは、横倒しになった空の段ボール箱。
「これは何じゃ?」
 とりあえず近くのジョフィエルに聞いてみた。
「段ボール箱デス。」
「そのくらい見ればわかるわ!わしが言いたいのはじゃなあ・・・。」
 ジョフィエルのわかりきった答えの所為で、じじい特有のぐちぐち(しかも長いやつ)が発動した。
 ジョフィエルは何も言わず、黙ってそれを聞いている。余計な発言は説教をひたすら長くすることだけにつながることを彼は知っているのだ。
 だんまりとそれに耐えること約1時間。救いの手は差し伸べられた。
「何を騒いでいるんだ?」
 寝癖を直しに洗面所へむかうついでにガブリエルはそう尋ねた。
「ガブリエル様ハコノダンボール箱ガ何カ知ッテイマスカ?」
「波形の厚紙を芯にして、両面、あるいは片面にボール紙を貼り付けたものだ。
 おもに包装用で、箱型にし、引越しなどの用途で使われる。」
「別に段ボール箱の意味を聞いたわけじゃないんですが・・・・・。
 ようするに、何故こんなところに、これがあるのかということを聞きたいのですよ。」
 ガブリエルにもくどくどと長ったらしい説教をするのかと思いきや、そこまでカマエルはチャレンジャーではなかった。
「今朝宅配便ガ来タカラソレジャナインデスカ?」
「そんなの来たか?」
「来タジャナイデスカ。
 気ヅカナカッタンデスカ?アンナニヤカマシカッタノニ?」
「最近耳が遠くてのぉー。
 それで、箱の中身はなんだったんですか?」
「これはルシフェルに受け取らせたから、ルシフェルが知ってるかもしれないな。」
「呼んできましょうか?」
「ああ、頼む。」
 間もなくして、エプロンで手を拭きながらルシフェルがやってきた。
「なんですか?」
「今日届いた荷物はなんだったんだ?」
「さあ?私は荷物を置いてまた寝ましたから。
 生物って言っていましたし、誰かが冷蔵庫に入れたんじゃないんですか?」
「・・・・・。」
 彼らは何も言わず、顔を見合わせたり、首を傾げたりしている。完全に行き詰った。
 そのとき、カマエルはダンボールの中から紙切れを見つけた。
「何じゃこれは?」
それは紙切れではなく、カードだった。そこには、一言メッセージが書いてあるだけだった。
“しっかり面倒を見ろ!”
と。
「・・・・・・・。」
何とも言えぬ沈黙。
「送られて来たのは犬か何かだというべきなのかの?」
「待て!それは生物(なまもの)といえるのか?」
「生物(イキモノ)デスネ。」
「言っとくが飼わないぞ。」
「送り返しますか?」
「それも無理じゃろう。送り主の名もないんじゃから。」
 カマエルが、段ボール箱をひっくり返してみたり、伝票を調べてみたりしながら答えた。
「送り返せないとなったら、捨てるか・・・。」
「そんな存在意義を否定するようなまねできるか!」
「ではどうするんです?」
 皆が一斉にガブリエルを見る。
「食ベテミマスカ?」
 だが、言ったのはガブリエルではなかった。
 キッとルシフェルが睨みつけるような視線をジョフィエルに向ける。
「モ・・・勿論冗談デスヨ。」
「それ・・・・いいかもしれない。」
「エ?」
 顔が微妙に引きつってるのが自分でもわかった。
 本当は、「馬鹿なことを言うな。」と一蹴されるつもりでいたのだ。「いいかも。」なんて言い出すとは誰も思うまい。
 そんなジョフィエルに気づかずに、ルシフェルは独り言を言い始めた。
「犬を食用とする国もあるから、食べられないことはないだろう。そうすれば、やつの死も無駄にはなるまい。」
「アノ・・・・。」
「しかし、ルシフェル様、まだ犬と決まったわけではありません。もしかしたら猫かも・・・。」
「むう・・・。だが、犬も猫も先祖は同じなのだから、食べれないことは無いのではないか?」
「さっきから犬食うだとか、猫食うとか何怖い話してるんですか?」
「・・・・・・サディケル・・・・お前・・・。」
 ガブリエルの後ろには、いつの間にかサディケルがいた。しかし、今彼らは別のことに驚き、絶句した。
 サディケルが抱えているもの。人科、エクスペル人種の赤子。(愛称で赤ちゃんと呼ばれることもある。)
 成長すれば約1m60cmから、大きいものでは2mにまで及ぶものもある。
「さ・・・サディケル・・・それ・・・どうしたんだ?」
 ルシフェルがまるで奇妙な物体を見るような眼差しで問う。
「んとね、さっきそこにいたから連れてきたんだ。」
「この家にいたのか?」
「うん。そだよ。台所にいた。」
 空の段ボール箱、「しっかり面倒を見ろ!」のメッセージカード、そしているはずのない赤子。
 これらのことから推測できる事実は1つ。即ち、宅配便で運ばれてきたものはこの赤子だということだ。
 では何故送られてきたのか。
 ギギギとロボットのような仕草でルシフェルはガブリエルを振り返る。続いてカマエルとジョフィエルも訝しげな視線を向ける。
 ただ1人、いまいち状況のつかめないサディケルだけが、きょとんと両者を見比べている。
「ち・・・違うぞ!私はこんな子供知らない!」
 彼らの白けた視線の意味に気づき、慌てて弁解を試みるガブリエル。
「あーうー。」
 同時に赤子がサディケルの手から逃れ、這い這いでガブリエルの足元にたどり着く。ガブリエルのズボンの裾を引っ張って、両手を伸ばす。
「何だ?」
「抱っこをしてほしいんですよ。」
 赤子の行動の意図がわからず、眉を顰めているガブリエルにルシフェルが赤子の意思を伝える。
「あ、そーか!」
 そのとき、サディケルが何かをひらめいたかのようにぽんと手を打った。
「その赤ちゃん、ガブリエル様の子供なんだ!」
「ちがっ・・・。」
「それは本当ですか!?」
 違うと思い切り否定しようと発した言葉は、しかし誰かの言葉に遮られた。遮ったのはフィリアである。
 彼女は信じられないといった風に目を見開き、その赤子を見つめている。
「ちがっ・・・。」
「本当ですよ。」
 サディケルの答えにまたもやガブリエルの言葉は遮られる。
「だってこんなに懐いてるもん。」
 そう言って、赤子をガブリエルの胸の高さまで持ち上げる。
 赤子は、ガブリエルの首に手を回し、しっかりとしがみついた。
「うそ・・・。」
 口元に手をやって、驚愕の瞳でガブリエルを見つめるフィリア。
「違う!これは何かの間違いだ!私に隠し子なんていない!フィリア、信じてくれ!」
 慌てて弁解するが、もはや後の祭り。
 フィリアは「そんな・・・そんな・・・」と繰り返し呟いて現実逃避をし、ルシフェル、カマエル、ジョフィエルはひたすら軽蔑の眼差しを送り、サディケルはとても楽しそうだった。
「大体、私に全っっ然似ていないではないか!」
「そーかなー?」
「似てるような気がしますけどねー。」
「母親似ナンジャナイデスカ?」
「というかいつまでしがみついてるんだ!?いい加減離れろ!」
 そう訴えて引き剥がそうとするも、赤子はネーデ人特有のガブリエルの長い耳をつかんで離そうとしない。 「痛い痛い!耳をつかむな!」
 叫びながらゆっくりと耳をつかんでいる赤子の手をはずし、赤子を地面に下ろしていく。
 赤子のほうも抵抗するが、所詮は赤子、それは無駄な抵抗に終わった。
 すると今度はガブリエルの足にしがみつく。
「やっぱ隠し子なんじゃないですか?」
「違う!」
 誰かが思わず漏らした呟きに即座にツッコムガブリエル。
「ガブリエル様の子か、そうでないかということの前に、この赤子をどうするかが問題でしょう。」
「食ベルンデスカ?」
『しつこい!!』
「ってかその顔でそういうこと言われるとすっごい怖いんだけど・・・。」
 ガブリエル、カマエル、ルシフェルに駄目だしをだされ、サディケルに止めを刺されたジョフィエルは部屋の片隅に影を背負ってうずくまりいじける。そんな彼を無視して話は進む。
「ルシフェル、捨ててきてくれ。」
「ええー!!自分で捨ててきてくださいよ。私が近所の奥様方に白い目でみられるんですから!」
「命令だ。」
「・・・・・・。」
 いつか見てろよと誰にも聞こえないように口の中で呟き、渋々赤子に手を伸ばす。
「待ってください!!
 お父様、無責任だとは思わないのですか!?」
「だから、これは私の子ではない!」
「言い訳は聞きたくありません!
 いいですか、その子はお父様が責任を持って育てること!」
「だがフィリア・・・・。」
「いいですね!!」
「・・・・・。」
 ものすごい剣幕のフィリアに反抗などできるはずもなく、このとき、この場にいたすべての十賢者たちが、真のリーダーはフィリアであることを再認識させられたという。

 こうして赤子は『ガブリエルジュニア』(みんなはジュニアと呼ぶ)と名づけられ、十賢者の人々に育てられることになった。

 とは言ってもジュニアがなつくのはガブリエルのみのため、専ら世話をしているのはガブリエルである。
 彼らの一日の始まりは早い。ただルシフェルほどではない。
 ジュニアの腹減りコールでガブリエルの朝は始まり、ルシフェルが予め作っておいたミルクを飲ませる。
 その後、ジュニアを寝かしつけて再び就寝。
 2〜3時間後、おしめなどで泣き出し起床。
 ルシフェルやフィリアなどの力も借りて、大洪水を鎮める。
 そしてそのまま職務開始。
 ジュニアの相手をしながら職務をこなし、ジュニアと一緒に昼食をとる。
 食後、ジュニアを寝かしつけ、職務に戻る。
 たまにアホなザフィケルや、喧しいミカエルが、ジュニアを起こすこともあったが、そういう時はすかさずガブリエルが駆けつけ、制裁を与えながら、ジュニアを寝かしつける。
 夕食をとり、ルシフェルに残業を押し付けて、自分は死んだように眠る。
 2時間おきにミルク、おしめ、夜の散歩などで起こされながら夜を明かす。

 ジュニアが来て、十賢者たちは変わった。
 彼らは皆、心に暖かいものが湧き上がってくるのを感じていた。
「そして、それはガブリエル様も例外ではなかった。
 ガブリエル様はその暖かさに戸惑いながらも、何気ない優しさなどを部下にも見せるようになっていた。」

「そんなわけあるかあー!!」

「ふぎゃぶっ!!」
 厳しいツッコミとともに浴びせられた飛び蹴りにサディケルは顔面から床につんのめった。
 やったのは勿論ジュニアを抱えたガブリエル。
「人の心を勝手に解釈すなあ!」
「でもでも!ちゃんと世話とかもしてるし、まんざらでもなさそうじゃないですか!」
「ふざけるな!こんなガキ、フィリアがいなければとっくに殺している!」
「じゃあ本当は嫌いなんですか?」
「当たり前だ!」
 サディケルはふーんと返しながら、あんなにかわいいのにと心の中で呟いてその場を去った。

 その夜、ガブリエルとジュニアは夜の街を歩いていた。
 もっとも、ジュニアはガブリエルの腕の中で気持ちよさそうに眠っている。
 ガブリエルは夜の星空を不意に見上げた。
 サディケルが言ったことはおそらく正しい。だがそれを認めることは彼にはできない。
認めてしまったら、今までの自分を否定してしまうような気がするから。
 そして、そうなってしまったら、先に進めなくなってしまう。
 だから今、ガブリエルはその暖かい感情をもてあましていた。
「なあジュニア。お前は一体誰の子供なんだ?」
 当然ながら問いかけてみても返事は返ってこない。
 帰るか、と踵を返したところに、突如ルシフェルが現れた。
「ガブリエル様大変です。ジュニア様の父親と名乗るものが現れました。」
「何!?どういうことだ!!」
「わかりません。いきなりジュニア様の写真を出して、この子供がここにいるはずだと言ってきたのです。」
「よし。わかった。すぐ戻る。」
 そして、2人の姿は掻き消えた。

 その男は、ガブリエルにそっくりとまではいかないものの、後姿は確かに似ていた。
 町で見かけたら思わず声をかけてしまいそうだなとカマエルは思った。
 赤く長い髪、白い法衣、ただ耳は長くないから、そこで判断すれば問題ないだろうと思いなおす。
 しかし、顔つきはと問われれば間違いなく似ても似つかないと答えるだろう。
「貴様か、この子の父と名乗っているのは。」
「そうです。あの・・・・返していただけませんか?私のたった一人の家族なんです!」
 彼の悲痛な叫びはガブリエルの胸に重くのしかかった。
 彼に似た人をガブリエルは知っている。
 だからこそ、わかる。大切なものを失ったときの悲しみが・・・。
 しかし、だからといってそう素直にジュニアをわたせるわけはない。
 もはやジュニアはガブリエル(本人は否定しているが)にとって、いや十賢者にとってかけがえのない存在になってしまったのだから。
「お前、何勝手なこと言ってんだよ。
 ジュニア様はボクたちが育てたんだ。ボクたちの仲間なんだ!!
 お前なんか出て行け!!」
 叫び終わると同時にサディケルは彼を突き飛ばす。
 見た目は非力な子供でも、十賢者の一員であることには変わりはない。
 サディケルが本気になれば、たとえ身体を鍛えている大男だろうとひとたまりもない。
 それは彼も例外ではなく、さらにどう見たところで彼はデスクワーク派。
 避けることもままならず、彼はリビングのテーブルに突っ込んだ。
 テーブルの上に置いてあった皿やコップが落ち、砕け散る。
 それを見てルシフェルがこめかみを引きつらせるが、今は文句を言っている場合ではないと理解し、ぐっとこらえているところが彼の偉いところといえよう。
 彼のほうはというと、さほどダメージがなかったのか、大した外傷も見受けられず、ただいまだ立ち上がれずにうめいているだけだ。
「・・・返し・・てく・・・・ださい。」
「あいつ、まだあんなこと言ってる。
 フィリア様も何か言ってやってください!」
「・・・・・・・。」
 フィリアは何も言わず、困ったように眉根を下げている。
おそらく自分の無責任な一言でこんな事態になってしまったことに責任を感じているのだろう。
「ジュニアに決めてもらうのはどうだろう?」
「え!?」
 今まで黙って事の成り行きを見守っていたガブリエルが唐突に口を開いた。
「何、簡単なことだ。ジュニアを挟んで私とお前が立ち、ジュニアを呼ぶ。
 そしてどちらにジュニアが行ったかで父を決めるのだ。」
「・・・・。ゲームをしているみたいで気は進みませんが・・・これしか決める方法がないのなら・・・仕方ありませんね。」
 多少よろめきつつ立ち上がった彼はガブリエルの提案に渋々ながらも頷いた。
「よし。それではまた明日の夕方ここに来てくれ。」
「わかりました。」

 そして決戦のときが来た。

 2人はジュニアを挟んで対峙する。
 ジュニアをどうやってガブリエルから引き剥がしたのか、そーゆー細かいことは誰も気にしない。
 ジュニアのほうも父親が2人いるので、きょときょととせわしなく顔を動かしている。
「それではこれより、第一回ジュニア様争奪戦を始めます!」
 ルシフェルの合図で、壮烈(なのかどうかはわからないが)な戦いが幕を開けた。
「おいでおいで。」
「ジュニアこっちだ。」
 傍から見るとかなり異様で間抜けな光景である。
 しかし、当人たちはいたって真面目。笑わないでやってほしい。
 形勢はガブリエルに傾いていた。
 かと思えば、彼のほうへと寄ってみたり。
「いけー!ガブリエル様!」
「その調子です!ガブリエル様!」
「ファイトですよ!ガブリエル様!」
「まきかえせます!まきかえせます!」
「落ち着いてくださいガブリエル様!!」
 ちなみに、お前らが落ち着けと珍しくガブリエルが心の中でツッコミを入れたそうな。
 勝負も終わりに近づいてきた。
 ジュニアはどうやらガブリエルを父に選んだようだった。
 勝敗が決したと思ったとき、ある旋律があたりに流れた。

「いくつか質問がある。」
 1つの戦いが終わった。
 勝利の女神は彼に微笑んだのだ。
 ジュニアに一番懐いていたサディケルは、カマエルにしがみついて泣いている。
「何でしょう?」
「あの歌はジュニアにとってどういう歌なのだ?」
 彼が歌を歌いだしたとたん、風向きが変わったのだ。
 とても稚拙で下手クソな歌だった。
 だがジュニアはその歌に何か思い入れでもあるのか、ガブリエルに背を向けて彼のほうへと行ってしまったのだ。
「この歌は、今は亡きこの子の母がよく歌っていた歌なんです。
 きっとそれを覚えていたのでしょう。」
「なるほど。ではもう1つ。何故ジュニアは宅配便で私たちのところに運ばれてきた?」
「実は先日まで私は仕事の都合で母にこの子を預けていたのですが、ある日突然何を思ったのか宅配便でこの子を私のところに届けたと連絡が入ったんです。
 あの知らせを聞いたときは慌てましたよ。」
「どーゆー性格をしているのだ、お前の母は・・・。」
「私に聞かれましても・・・。」
「ま、なんにしてもジュニアはお前を父に選んだ。それが自分の孫を宅急便で送りつけるような母を持った男でも。」
「これは手厳しいですね・・・。」
 苦笑する彼にガブリエルはゆったりとした足取りで近づいた。
「さよならだ、ジュニア。」
そう言ってくしゃくしゃとジュニアの頭を撫でた。
 ジュニアはきょとんと、ガブリエルの顔を見つめていた。

「寂しくなりますね。ガブリエル様。」
 夕焼けとともにジュニアを見送ったガブリエルの背中に、ルシフェルがそっと話しかける。
「鬱陶しいのがいなくなってせいせいした。ジュニアのおかげで仕事が全くはかどらなかったからな。」
 ガブリエルはそれに振り返り、しかしルシフェルとは目を合わせずに答えた。
「そんなこと言って、ガブリエル様、結構必死だったじゃないですか。」
「口を慎め。ルシフェル。」
「失礼いたしました。」
 ルシフェルのからかい混じりのその言葉を軽く叱責し、ガブリエルは再び視線をジュニアが去って行った方へと戻した。
 太陽はもう地平線の向こうへと沈み、山の頂にうっすらとその名残を残すのみとなっていた。

  おしまい。