サンタさんはその年一年間いい子にしてた子供のところにやってきて、プレゼントをくれる。

 だから、私のところに来てくれないのは、きっと私がいい子じゃないから。

 クリスマスの日は必ず独りで、来るはずのないサンタさんを待っていた。

 お願いですサンタさん。

 いい子にするから、今年のクリスマスは誰かと一緒に居られるクリスマスにしてください。

 それが私の欲しいもの。


寂しがり屋さんたちのクリスマス


 ランティスは苛立ちを隠せなかった。落ち着きなく、机を指で叩いては時計をしきりに見ている。
 会議は相変わらず平行線で、終わる気配がない。
 明日はクリスマスで、娘のフィリアと今晩は一緒に過ごす約束をしていたのだが、この状態では守れそうにもなかった。
(クソッ)
 ランティスは内心毒づいた。
 会議というのは表面だけで、中身はただのお偉方の罵り合いだ。周りを蹴落として自分がのし上がろうと躍起になっている。そのために、火の粉を降らし、焼き尽くそうとしている。そしてそれは、平和に会議を終わらせたいと願う研究員たちにも容赦なく降りかかる。
「はあ・・・。」
 ため息を1つつくと、おもむろに席を立つ。
「おや。ランティス殿はどちらへ行かれるのですかな?」
 それを見咎めた一人の男が彼に声をかける。その一言に、周りの視線がランティスに集まる。
「娘に連絡を入れとこうと思いまして。まさかこんなに遅くなるとは思いませんでしたから。」
 さり気なく皮肉をこめて切り返す。周りを見回し、反論はないと判断したランティスは、部屋を出る。


 フィリアもまた、ひっきりなしに時計を見上げながら、家事に勤しんでいた。
 若干7歳で家事をこなす彼女に大人たちはみんな偉いと褒めたが、妻のいないランティスに家事をする余裕などなく、家に帰ってくる時間も遅いとなれば、娘であるフィリアが家事をするのは当たり前といえた。だが、彼女にはもう1つ、理由がある。
 閑話休題
(遅いな・・・。)
 時計を見上げ、次いで扉を見るという行動も何度やったかわからない。折角作った料理も、冷め切ってしまっている。
「はあ〜。」
 思わず漏れるため息。
 何かあったのだろうか?そんな不安が過ぎったとき、電話が鳴り響いた。


『もしもし。』
 数秒のコール音の後、幼い少女の声が、電話口から聞こえた。
「フィリアか?私だ。
 悪いが会議が長引いて帰りはもう少し遅くなる。夕食はお腹が空いたら何か一人で食べてくれ。」
『・・・・・うん、わかった。』
 胸が痛む。
「いつも本当にすまない。」
『ううん。いいの。大丈夫だから、心配しないで。』
 大丈夫なわけない。たった七歳の子供が、独りでクリスマスの夜を過ごすことに寂しさを感じないはずがない。
 そんな様子を見せないフィリアに対してランティスの罪悪感が胸を締め付ける。
『それじゃあ、お仕事、頑張ってね。』
「ああ。」
 それでも、そうわかっていても、そう感じていても、こんな返事しか返せない。
 電話を切り、会議室に戻ろうとしたときに、1人の男が近づいてきた。
「どうしたんだ?今は会議中ではないのかね?」
 男は研究所内で何回か顔を合わせていた。ランティスより高い地位にいるが、決してそれを鼻にかけようとはせず、権力争いにも参加しない。比較的温厚な性格で、ランティスも何度か世話になっている。
「娘が家に独りで留守番をしているんですよ。本当は今日、一緒にいられるはずだったのですが、仕事が長引いてしまって、できなくなってしまったんです。その連絡をしていただけですよ。
 聞き分けのいい子だから、余計につらくて・・・。もう仕事なんて放り出してあの子のところへ行ってしまいたい気分ですよ。」
 ついつい愚痴を零してしまっているランティスに苦笑しながら、哀しみのこもった目を向ける。
「辛いだろうね。」
「は?」
「娘さんのことだよ。
 いいかい?子供って言うのは皆寂しがり屋さんなんだよ。例外はいない。君の娘だってそうさ。
 今頃、独りで寂しくため息でも吐き出しているんじゃないかな?」
「・・・・・やっぱり、そうですよね。」
 ランティスは顔を俯けて言う。
 さらに彼は続けた。
「だけど、子供を独りで家に留守番なんて感心しないね。
 しかもこんな日に。」
 最早ランティスは何も言うことが出来なかった。
「聞き分けがいいってことはいつもさせてるの?」
「何がですか?」
「お留守番。」
「ええ、まあ。」
「我侭だって言いたいだろうに、可哀想だね。」
「それは・・・わかってます。
 ですが、それでは私はどうすればいいのですか?」
「簡単だよ。
 いつも我慢させてるなら、今日という特別な日くらい娘の我侭を聞いてやるんだ。」
「はあ?」
 突然妙な事を言い出した彼にランティスは文字通り目を点にする。
「帰らないわけにはいかないだろう?君の娘が高熱を出してしまったのだから。
 全く君も不運だね。
 ま、上の連中にはこっちから話しとくから。」
 そう言って、彼は片目を瞑る。
「あ・・・・」
 ようやく、彼の言いたいことをランティスは理解した。
「それは、私にこのまま帰れと仰ってるんですか?」
「何?帰ってあげないの?」
 まってましたとばかりに、にやりと、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 それにつられるように、ランティスも 自然と笑みがこぼれた。
「いえ・・・本当に、ありがとうございます。」
「礼にはおよばんよ。
 ところで、うちの息子を見なかったかね?」
「息子さんですか?」
「君の娘と違って甘ったれた小僧だよ。急にいなくなったと聞いて会議を抜け出してきたんだ。」
「私は見ていませんが。
 探しましょうか?」
「いや、いい大丈夫だ。
 我が子とて例外ではないということだ。」
「寂しがり・・・ですか?」
 ランティスの問いに彼は首を微かに上下させる。
「寂しがりやさんだから、かまってほしいと思うから、騒ぎを起す。自分を忙しい大人たちに主張し、自分を心配している親を見ていると自然と安心するものだ。“自分を必要としてくれる”ってな。」
「・・・・・。」
「つまらん話につき合わせてしまったな。
 君もそんな暇はないというのに・・・。」
「いえ・・・そんな・・・。」
「さ、君はもう帰りたまえ。」
「息子さんは・・・?」
「大丈夫だよ。
 なんだかんだいって結構賢いところもあるんだ。無茶なことはしないって信じてる。
 それに、うちの場合これが初めてってわけでもないんだ。」
「そうなんですか?」
「まあな。」
「それでは私は失礼します。」
「ああ、そうだそれと明日も来る必要はないぞ。」
「本当に、何から何までありがとうございます。」
「私も、博士である前に一人の親だからな。君の気持ちは良くわかる。では、もう少し探してみるとするか。」
 そう言って、男は踵を返した。


 そっと、フィリアは受話器を置いた。顔は、今にも泣きそうだった。

――きっとまた見放されるよ。

 誰かが言った言葉が甦る。違うと即座にかぶりを振ってその言葉を否定する。
 きっと大丈夫だ。
 しかし、湧き上がった不安を拭いきることはできない。

――もう少ししたら帰るから、それまでいい子に待ってるのよ。

 頭の中で響くのは、そのまま二度と帰ってこなかった母の言葉。
 去年のこの日、フィリアは母に捨てられた。そしてランティスに拾われた。
 誰かが言ったとおりまた捨てられたのかもしれない。でなければ、何故守れない約束などをしたのだろう。
 不安は広がる。
「・・・・・・。」
 そしてフィリアは決心した。待ってるだけじゃ何も変わらない。自らの目で、耳で確かめなければいけない。
 フィリアは、わき目も降らずに雪の降る外へと飛び出した。

 それから数十分後、ランティスが帰宅した。
「フィリア・・・。」
 娘の名を呼ぶが返事はない。姿を探すが、見つかるはずもない。
 争った跡や荒らされた形跡がないことから、強盗や誘拐の類ではないだろう。
 いつもと変わらない家、いつもと変わらない室内、いつもと変わらない風景。フィリアの姿だけが、まるで切り取られたかのように存在しない。
 嫌な予感はしていた。扉の鍵が開いていたから、何かあったのではないかと。そして、その予感は的中した。
「フィリア!!」
 夜の街にその名を響かせながら、外に出る。
 あたりを見回しても幼い少女の姿はない。
「フィリアちゃんなら・・・。」
 隣人の中年の女性が、恐る恐るといった感じで、ランティスに話しかける。
「フィリアちゃんなら、さっきものすごい勢いで走ってったよ。」
「どこへ行ったかわかりますか?」
「どこに行ったかはわからないけど、向こうに走って行ったわ。」
「わかりました。ありがとうございます。」
 礼を言って、女性が指し示した方向へと走り出した。


――こんなところで何をしてるんだい?

 雪の降る真夜中のクリスマス。男は少女に声をかけた。

 彼がいなければ、少女はきっと今頃のたれ死んでいたかもしれない。


 『捨てられた』そう聞かされたとき、頭が真っ白になった。
 自分が母親に疎まれていることはなんとなくだが気づいていた。だが、愛情はなくともちゃんと世話はしてくれたので、まさか捨てられるとは思ってもみなかった。
 そして、彼女はランティスに拾われた。
 初めは信じられなかった。だが、何時まで経っても母は迎えに来ないという現状に、その事実を受け入れざるを得なかった。

 もう、あんな思いはしたくなかった。
 あんな、悲しい思いだけは・・・。


(此処は何処?)
 フィリアはいつの間にか得体の知れないところに迷い込んでいた。
 実のところフィリアはランティスが勤めている研究所がどこにあるのか知らない。ただ闇雲に走り回っていただけだ。
 途方にくれるフィリア。だが決して足を止めようとはしない。
 走りながら脳裏に過ぎるのは、去年のクリスマス。惨めだった。身にしみる寒さの中、ひたすらに帰らぬ母親を待っていた愚かな自分。
 あの頃の彼女はただ母に愛されることを望み、あらゆる手を尽くした。傍から見て褒められるようなこともしたし、叱られるようなこともした。どちらかと言えば、後者のほうが多かった気がする。しかし、それでも母はフィリアに無頓着だった。
 幼いフィリアに大人の事情がわかるはずもなく、彼女は自分が悪戯ばかりしている悪い子だから捨てられたのだと認識した。だから、彼女はランティスに拾われてから極力迷惑をかけないようにしている。
 今彼女の望みはたとえ愛されていなくてもランティスと一緒にいられること。
 フィリアは眼前の闇を見据えて雪に足を取られつつもひたすら走った。


――お母さんを待ってるの。

 雪の日のクリスマス。男は少女と出会った。


 家の前に座り込んでいる少女の言葉は明らかにおかしかった。少女の後ろに佇んでいる家は、家具はなく、閑散としていて、空き家としか見えなかったからだ。
「本当にここが君の家なのか?本当に君のお母さんはここで待っているように言ったのか?」
「うん。もうすぐ帰るって。」
「家の中には入らないのかい?」
「私、鍵もってないの。」
「でも、寒いだろう?」
「大丈夫よ。心配してくれてありがとう。」
 おかしかった。
 今は真夜中。こんな時間まで子供を1人残したまま戻らないということは考えられない。事故にでも遭ったのか。何かの事件に巻き込まれたか。
「お母さんはどんな人なんだい?」
「え?」
「少し探してみるから、君のお母さんの特徴を教えてくれ。」
 少女はこくりと頷いて、たどたどしい口調で説明した。

「その人なら知ってるよ。」
 目撃者は案外早く見つかった。
「どこにいるかわかるか?」
「そこまでは流石に・・・。でも、その女性がどうかしたのか?」
「彼女の娘が家の前でこんな時間まで1人で待っている。だから・・・。」
「その子のために探してると?」
「まあ、そうだ。」
「それだったら探しても無駄だぜ。」
「何故だ?」
「オレ、孤児院からその子を引き取りに来たんだ。あんたが探してるその女性に頼まれてね。」
「それは、どういう意味だ?」
「そのまんまの意味。」
男は、軽く肩をすくめて言った。
「育児放棄をしたというのか!?」
「それしか考えられないだろ。」
「何で・・・?」
「オレが知るか。ただ、金に困ってる感じではなかったから、大方愛人と駆け落ちするのに子供は邪魔だってところかな。」
「そんな勝手な!」
「それがオトナノジジョウってやつなんだろ?」
 憤りを隠さずに怒鳴るランティスに男は冷静に切り返す。
 彼もまた、“オトナノジジョウ”で捨てられた子供の1人だったのだろうか。
「引き取る。」
「は?」
「あの子は私が引き取る。何か問題でもあるのか?」

 放っておけなかった。

「いや、ねえけど・・・。」
 返事を確認すると、ランティスはすぐさま取って返した。


「クソッ!」
 探せど探せど、フィリアらしい人影は見つけられない。
 目撃証言もあれからまったくない。
 焦りは募り、胸の中は不安でいっぱいになる。

 フィリアには、正直に全ての事情を説明した。
 幼い子供にその事実は重いかも知れなかったが、大人になるまで隠しとおせるとは思えなかったし、後で知るよりもそのほうがショックは少ないと考えたからだ。
 フィリアは最初、その事実を否定していた。当然だろう。“君は捨てられたから私が今日から私が新しい親です”と言われて“はいそうですか”と受け入れられるものではない。
 家に連れて帰るときフィリアはかなり暴れた。“母さんは帰ってくる”と。
 そのときのことを思い出すと今でも胸が痛む。
 家につれて帰った後も時々“母さんは?”と尋ねてくるときがあった。時が経つにつれ、徐々に事実を受け入れたようで、今ではそんなことはなくなったが。
 しかし、今思えばやはり大人になるまでその事実を隠すべきだったのかもしれない。
「クソ!」
 幾度めかの悪態をつき、ランティスは走るスピードを上げた。


 もう二度と、大切なものを失いたくはないから。


 人通りの少ない路地の隅に、フィリアは蹲っていた。
 闇雲にここまで全力で走ってきた。もう動けるほどの体力は残っていない。
 時折通りがかる人々は、遠巻きにそれを見ながら過ぎ去って行く。“捨てられたのか”と呟いていく人もいた。それを聞くたびにフィリアの心は痛み、今にも涙が零れそうになる。
 今の父の顔を思い浮かべ、彼は私が家にいないことに気づいたら心配して自分のことを探してくれるだろうかと考える。だがすぐにかぶりを振ってそれを否定する。
 そんなことになったら自分はまた彼に迷惑をかけてしまうことになる。
 ふと唐突に今日がクリスマスイヴだということを思い出す。
 いい子には、サンタさんがプレゼントを持ってきてくれるという日。
 自分はいい子でいられただろうかと疑問に思う。我侭は言わないようにしているが、失敗もたくさんした。
「サンタさん、それでももし私に何かをくれるんだったら、誰かと一緒に過ごせるクリスマスをください。できれば・・・・。」
 できればお父さんと・・・。
 それは、何度も願ってきた願い。ずっと望んできた望み。
 口にした想いは最後まで言わず、残りは飲み込んでしまった。
 今のお父さんは優しい。自分を捨てた昔の母と違い、自分を気にかけてくれている。だけどこれだけ迷惑をかけてしまったのだからもう一緒には居られないだろう。
 また、捨てられるんだ。
 フィリアは自嘲的な笑みを浮かべると、膝を抱えてそこに顔を埋めた。
 急いで出てきたので、コートも何も来ていない。今までは走ってきて体温が上がっていたが、次第に体が冷えてきたようだ。
 寒さに身を震わせながらもフィリアは眠気を覚え、意識を手放していった。

 誰かと一緒に過ごせるクリスマスがほしい。

 独りは、寂しすぎるから。

 できればお父さんと一緒に・・・・。


 どうしてもっと自分はあの子が安心できる父親になれなかったのだろう。
 置いてけぼりにされた子にとって待つことがどれほど恐ろしいものかどうして自分はもっと早くに気づけなかったのだろう。
 研究所の場所を少女に尋ねられたという人に会ってから、ランティスはずっと自身を責め続けていた。
 もしも自分があの人のようにあの子を研究所に連れて行ったのなら、状況は違ったのだろうか。
 過去仮定に意味はないとわかってはいてもそう思わずにはいられない。
 だが全ては遅かったのかもしれない。

「フィリア!フィリア!!」
 やっと見つけた娘を抱きしめ、呼びかけるが返事はない。軽く揺さぶってみるが何の反応も返さない。
 フィリアの体は冷え切っていて、肌は青白く、唇も紫色に変色していた。
 どうすればいいと自問自答してとりあえず自分が着ているコートをかける。
 そして、軽い彼女の体を抱きかかえて再び走り出した。


 私の居場所なんてどこにもない。

 だって、本当のお母さんにすら見捨てられたんだもの。

 私を必要としてくれる人なんてもう、どこにも存在しない。


 “フィリア”と何度も自分を呼ぶ声が聞こえた。
 真っ暗闇の中、何も見えなくて、ただひたすら声のするほうへ向かった。大好きな、お父さんの声のするほうへ・・・。

 目を開けば、そこには見慣れた天井があった。自分の部屋の天井だとさしたる時間はかからずに理解した。
「お・・・父さん・・・?」
 そして、視線を下げればそこには彼女が今まで探していた人物がいた。
「フィリア・・・・。」
 ランティスは、フィリアが目覚めたのを確認して小さく安堵の息を漏らした。
「あの・・・・私・・・。」
 ベッドから起き上がり慌てて何かを言おうとするが、何を言っていいのかわからなかった。
 もしかしたら、また見捨てられるのかも知れないという恐怖から体が強張る。
 だがランティスは、フィリアを叱ることも怒鳴ることもせずに、ただ彼女の体を抱きしめた。
「良かった・・・・。」
 耳元で呟く声にフィリアは目を見開いた。
 それは掠れているかのようなのに、はっきりと耳に残った。
「すまなかった。お前のこと、わかってたつもりで、何もわかってやれてなかった。」
 抱きしめる腕に僅かに力がこもり、そして僅かに肩が震えているのを感じた。
「本当に、すまなかった。」
「ちが・・・違うの。悪いのは私で・・・勝手に家を出てしまった私が悪くて・・・。」
 何かを言おうとする度に何か熱いものがこみ上げてくる。
「待っているのは、辛かっただろう?また、独りになるのが怖かったんだよな?」
 フィリアは、何かを求めるように、ランティスの体にしがみついた。後から後から流れ出てくる涙を拭うこともせずに。
「嫌・・・だったの・・。ただ待っているのが・・・こわ・・っ・くて・・・っ。」
「うん。」
 しゃくりあげながらも懸命に話すフィリアに、ランティスは黙って相槌だけを返す。
「また・・・おいてっ・・・いかれるのかと思って・・・。」
「うん。」
「だから・・・確かめたかったの・・・っ。それで・・・私、何でもするから・・・・だからおいていかないでって・・・・。」
「馬鹿だな・・・。」
 小さく小刻みに震えているフィリアの背中を、優しく撫でる。
「お前をおいてどこか行くなんて、そんなことあるわけないじゃないか・・・。
 約束する。私はお前の傍にいる。
 もう、絶対に約束は破らないから・・・。だから、もっと私を信じてくれ・・・。」
 フィリアはもう一度、ランティスにしがみつく腕に力をこめて、頷いた。


 自分は誰からも必要とされていない子供だと思ってた。

 実の母親にすら見捨てられた自分だから。

 でも、違った。

 自分を必要としてくれる人はちゃんと存在した。

 自分を必死で探してくれた人が居た。

 自分のために、泣いてくれた人が居た。


「それと」
 フィリアをベッドに再び横たえてから、ランティスはそう切り出した。
「家事を一生懸命やってくれるのはありがたい。だけど、お前は私のメイドではなく娘だ。
 だから、たまには休んだっていいんだ。我侭だって言っていい。」
「でも、私はお父さんに養ってもらってるんだから何かしないと・・・。」
「言っただろう。お前は私の娘だ。そんなこと、気にしなくてもいいんだよ。」
 コクリと頷くフィリアに彼は優しく微笑みかける。
「それじゃあ、もう寝なさい。明日は一緒に買い物にでも行こう。」
「待ってお父さん。」
 立ち上がり、部屋を出ようとするランティスをフィリアの声がとめた。
「もう少し、ここに居て。」
 少し照れているのか、目をそらしながら、頼みを口にする。
 そんなフィリアに苦笑しながら再び先ほどまで座ってた場所に腰を下ろす。

 まだ隔たりは残っているけれど、それもすぐに取れる。取ってみせる。

 クリスマスイヴの夜に誓った決意は誰にも知られず、ただ彼の胸の中にしまわれた。


 誰かと一緒に過ごせるクリスマスが欲しい。

 できればお父さんと一緒に過ごせるクリスマスが。

 何度も願ってきた願い。ずっと望んできた望み。


「お父さん。」
「ん?」
「サンタさんっているんだね。」
「何で?」
 唐突に切り出された話題に、ランティスは小首をかしげる。
「だって私が欲しかったものをくれたから。」

 無邪気に笑う娘が何を望んだのか、彼が知ったかどうかはわからない。
 ただ、もう二度と彼女が独りきりで過ごすクリスマスはないだろう。


 サンタさんはその年一年いい子にしていた子供のところにやってきてプレゼントをくれる。

 私はいい子にしてたかな?

 迷惑もいっぱいかけたけど。

 それでも、私は幸せでいて良いんだよね?

 何度も願ってきた願い。ずっと望んできた望み。

 かなえてくれてありがとうサンタさん。

 また私はいい子でいるから。




 FIN