それは、ある日の昼下がりから始まる。ルシフェルは、プールサイドで、午後のお茶を洒落込んでいた。
しかし、いくら容姿端麗のルシフェルとは言っても、場所が室内のプールサイドとあっては様にはならなかった。
何故プールサイドなのかはこの話には関係ないのであえて触れないでおく。彼にもいろいろ事情があるのだ。
そんな彼の背後から近づく者がいた。
カタリ
「誰だ!」
微かな物音に、慌てて後ろを振り返る。
「あの・・・・私です。」
「フィリア様。」
そこには、申し訳なさそうな顔したフィリアが、申し訳なさそうに佇んでいた。
「ごめんなさい。驚かせてしまったみたいで・・・。」
「いえ。そんなことありません。」
実は少しだけビビッタなんて口が裂けても言えなかった。
「でも、何も気配を殺して近づかなくても・・・。」
「お父様に知られたくなかったものですから・・・・。」
「それなら・・・・。」
ワープしてくればいいのにって言いかけて口を閉じた。
ワープして突然背後に現れた時の驚きはさっきの比じゃないと思ったからだ。
「どうしたんですか?」
「なんでもないです。ところで私に何の用ですか?ガブリエル様にも言えない重大な用みたいですが・・・・。」
「ええ。頼みたいことがあるんです。」
「頼みたいこと?」
「はい。あの・・・付き合っていただけませんか?」
ピシッ!
ルシフェルは、その場で凍りついた。
暫くして、これは・・・・やはりあれなのだろうかと、半分麻痺している頭で考え始める。
「やっぱり駄目ですか?」
悲しそうに、俯くフィリア。冷えかけていた彼の頭が再び沸騰する。
「そんなことはありません。私でよければ。」
「ありがとうございます!それでは、来週の日曜日に。」
日曜日に何があるのか。それを言わないまま、フィリアは消えてしまった。
だが、そんなことはルシフェルにとってはどうでも良かった。
十賢者リーダーガブリエルの愛娘、フィリア嬢と付き合う。これがどれだけ大変なことか、彼は初めて気がついた。
「バレたら・・・・殺される・・・。」
しかし、裏を返せば、バレなければ大丈夫ということだ。幸いなことに、フィリアはこのことを秘密にしたがっているから、彼女の口からこのことがガブリエルにバレるということはないだろう。問題は無い。
だが、その希望は無残にも打ち壊されることになる。
「何の用だサディケル。」
その晩、ルシフェルの部屋にサディケルが訪れた。あまりいい予感はしない。
「良かったですねールシフェル様。嬉しいですか?やっぱり。」
開口一番にそうまくし立てるサディケル。言っている意味がいまいちわからず、ルシフェルは眉をひそめる。
「何のことだ?」
「とぼけないでくださいよ。嬉しいくせに。」
「いい加減にしろ。何なんだ一体。」
「フィリア様と付き合えることになって内心小躍りしているくせに!」
・・・・・・・・・。
落ちる重い沈黙。
「今・・・なんて・・・?」
「フィリア様と付き合えることになって内心小躍りしているくせに!」
サディケルはそっくりそのまま繰り返した。
「何故・・・・それを知っている・・・・?」
「え?だってフィリア様綺麗だし優しいし、告白されたら誰でもうれし・・・・。」
「違う!何故私がフィリア様に告白されたことを知っているのかを聞いているのだ!」
「なんだそんなことですか。
知ってるもなにも、目の前でいちゃつかれれば、いやでも眼に入りますよ。」
ルシフェルの顔からさーっと血の気が引いていく。
「見ていたのか?」
「ええもうばっちり。といっても、プールの中でしたから、電波が歪んじゃって、聞いてたというほうが正しいんですけどね。」
終わった。後はもうガブリエルが彼を殺しに来るのを待つだけ。
絶望の真っ只中に落とされたルシフェル。
しかし、ふとある疑問が彼の脳裏によぎった。
ルシフェルがフィリアに告白されたのは、今日の昼下がり。
サディケルがガブリエルに報告したのなら、もうとっくにルシフェルは殺されているはずである。
しかし、その兆しは現れていない。それどころか、噂にすらなっていない。
「サディケル。このことは誰かに言ったのか?」
ゆっくりかぶりを振るサディケル。
「いえ・・・・まだ誰にも言ってませんよ・・・・。」
ひたりと、ルシフェルの眼を見据え、サディケルはそのまま沈黙する。
「何を企んでいる。」
「企みなんて、そんなものありませんよ。
ただ、もう少しゲームの時間を長くしてもらえれば、ガブリエル様には言わないでおくという取引をしようと思いまして。」
何故盲目のサディケルがゲームなんぞできるのかということは聞く無かれ。科学の力は摩訶不思議なのだ。
「ほう。」
ルシフェルの眼が、つっと細められる。
「つまり、この私を脅迫しようと、そういうことか?」
「そんな脅迫なんてみもふたもない言い方やめてください。あくまでも取引ですよ。」
「ここで貴様を殺したっていいんだぞ。」
「アハハハ。やだなールシフェル様。そんなの冗談に決まってるじゃないですかじょーだんに。」
ルシフェルがマジだと悟ったサディケルはぱたぱたと手を振りながら慌てて誤魔化す。
「本当のところは、お2人に幸せになってほしいだけです。」
真面目に語るサディケル。呆気にとられて言葉が出ないルシフェル。
「・・・・からかっているのか?」
「からかってなんかいませんよ。ボクは、フィリア様も、ルシフェル様も大好きだから、幸せになってほしいんです。
でも、ルシフェル様って結構奥手だから、ボクも手伝ってあげようとおもって。」
「奥手って・・・・。」
「大丈夫です。ボクに任せてください。必ずお2人の恋を成就させますよ。」
「いや・・・・あのな・・・・。」
「それじゃあボクもう寝ますね。」
バタン
「・・・・・・・。」
言いかけた言葉は扉の閉まる音に遮られた。漂う虚しさ。
「手伝うって・・・・。」
何をするつもりなのだろうと一抹の不安を抱えルシフェルは夜を明かした。
「考えたんだがな、サディケル。」
「ん?なんですか?」
前を行くサディケルは、振り向かずに声を返す。
午後になり、サディケルがルシフェルの前に風のように現れると、フィリア様がどーのこーのと言って、ルシフェルをどこかに連れて来た。
「フィリア様は私にもう告白をなされたのだから・・・・その・・・・だから・・・・。」
「ボクがでしゃばる必要は無い・・・・と?」
「そういうことだ。」
(もっと早く気がつこーよ。)
サディケルは心の中でそう呟き、心の中で苦笑した。
どうやら昨日はずっと混乱していたらしい。
密かに笑みを浮かべるが、そんなことを感じさせぬシリアスを含んだ話し方で、サディケルは尋ねた。
「ルシフェル様、フィリア様の返事をするとき、何を考えていましたか?」
「え?」
「少なくとも、ボクには、『ガブリエル様の娘の頼みだから断れない』って聞こえました。」
「・・・・・・・・。」
なんとも言えなかった。そういう考えもなかったわけではないからだ。
目の前の、小さな背中に今は威圧感すら感じた。
「でも、本当は違うんですよね?」
「サディケル・・・・私は・・・・。」
「いいんです。皆まで言わないでください。ボクにはちゃんとわかってますから。」
サディケルはルシフェルに何かを言わせる気がなかった。ルシフェルが何かを言う度に、サディケルはそれを遮る。
もちろんシリアスな雰囲気を崩さないようにだ。最も、今更シリアスもへったくれもないのだが・・・。
「サディケル!」
びくう!
小さな体を大きく震わせ、サディケルは押し黙った。
「いいか・・・・よく聞け。」
「あ、つきましたよ。」
立ち直りが早く、誤魔化すかのように、またルシフェルの言葉を巧みに摩り替える。
ルシフェルの額に青い十字架が浮かび上がる。
しかし、彼の頬を撫ぜる冷たい風が何故か心地よく、十字架はすぐに引っ込んだ。
「風?」
気がつかなかったのだが、サディケルとかみ合わない会話(サディケルがかみ合わせていないだけだけど)をしているうちに、いつの間にか屋外に出ていたようだ。
「サディケル、ここはどこだ?」
「ほら。あそこにフィリア様がいますよ。」
ルシフェルの質問を綺麗にシカトして、サディケルの指差す方向には、確かにフィリアの姿。
「だからどうした?」
「きっとフィリア様はルシフェル様を誤解しているとボクは思うんです。
だから、ルシフェル様が、それとなく気があるようなことを言ってさしあげればさらに、お2人の親睦は深まります。」
はーと深いため息をルシフェルはつく。
「言っとくが、ナンパの殺し文句なんか私は知らないぞ。」
「わかっています。そういうことはルシフェル様には期待してませんから。」
「・・・・・・。」
それは、ルシフェルが真面目だということを言いたいのか。はたまた別の理由か。
いまいち釈然としない彼をよそにサディケルはさらに言葉を続ける。
「一応今ボクが例を思いついたので、とりあえず参考にしてください。」
「今?」
「ええ。だから、例といっても1つだけなんです。後は自分で考えてください。」
(なんて無責任な・・・・。)
思ったがあえて口にしない。
「案外簡単ですよ。何気ない日常会話に、さり気なく相手を褒める言葉を入れるんです。
例えば『いいお天気ですね』と切り出します。」
「しかし、それは今回は使えんな。」
どんよりと曇った空を見上げながらルシフェルは呟いた。
「そう!そこです!ルシフェル様、さっきまで晴れてたこと知っていますか?」
いや、と彼はかぶりを振る。
「そこですかさずこう言います。『あなたの美しさに太陽も姿を隠してしまったのですよ。』。」
「・・・・・それを言うのか?私が・・・・?」
「そうです。案ずるより産むが易し。さあレッツゴー!!」
いい終わらないうちに、どんっとルシフェルの背中を押す。
腐っても十賢者。サディケルの一撃は、ルシフェルを数メートル先までふっとばした。
ふっとばされた先で振り向けば、サディケルは遠くの物陰に隠れて、暖かい、もとい楽しそうな眼差しで、ルシフェルを見守っていた。
半分キレかけて、サディケルのところへ行こうとしたとき、「あら」という声が聞こえた。
視線を戻せば、フィリアが不思議そうにルシフェルを見ている。
「何をしているのですか?」
「え・・・・あ・・・・えーと・・・散歩です!」
とりあえず、あたり障りの無い適当な答えを返す。
間違ってもあなたを口説きに来ましたなどとは言えない。
「そうですか・・・・。」
フィリアの方もさして関心は示さず、それっきり2人とも喋ろうとしない。
それが、ルシフェルにはフィリアの悲しみに思えてならない。
どうにかして、この悲壮な沈黙を破りたい。考えた末に、彼はサディケルの計画を実行することにした。
彼女の誤解も解け、サディケルの気もすむだろう。
「あの・・・・・い・・・・いい天気ですね。」
フィリアは怪訝そうに空を見上げ、恐る恐る口を開く。
「私には、曇っているように見えるのですが・・・・・。」
「先ほどまでは晴れていたんですよ。」
「そうなんですか?」
「ええ。きっとあなたの・・・・。」
そこまで言って、ルシフェルは言葉を詰まらせる。今更ながらこの台詞を言うのが恥ずかしくなってきたのだ。
「あなたの・・・・・あなたの・・・・・。」
同じ言葉を繰り返しているうちに、顔がだんだん火照ってきて、心臓の音が大きくなっていくのがわかった。
「・・・・・・・?」
それでも、フィリアはただ黙ってその先が出てくるのを待った。
結局。
「なんで逃げてきちゃったんですか!?」
ルシフェルは先を続けることなく、サディケルの所へ、逃げ帰ってきたのだった。
「うるさい!あんなキザな台詞が言えるか!」
「いつもはもっと聞いてるだけで恥ずかしくなるようなキザな台詞を戦闘の度に言ってるくせに!」
「なんだと!」
ただでさえ不機嫌なルシフェルの怒りは、拍車を掛けられ、殆ど頂点に達した。
「フィリア様、悲しそうでしたよ。」
しかし、それをあっさりと流してしまうところは流石と言えるだろう。
そして自分も悲しそうな顔をする。
「・・・・・・・。」
しっかり乗せられてるルシフェルはそんなサディケルの顔を見て、押し黙る。
次いで、フィリアを振り返る。
サディケル曰く、悲しそうな顔をしていたフィリアは、今はもう、こちらに背を向けており、何をしているのかわからない。
彼女の小さな背中が、ルシフェルに寂しさを訴えているような感じがした。
彼はため息をつくと、フィーナルへと引き返した。慌ててサディケルもついてくる。
「ルシフェル様!いいんですか?」
ルシフェルは足を止め、またため息をつく。
「今から何を言おうと間抜けなだけだ。」
そして再び歩を進める。
「でも・・・・。」
「サディケル!今日はもう私に付きまとうな。」
フィリアを安心させるつもりが、逆に悲しませてしまったことに、憤りを感じていた彼は、サディケルを冷たく突き放した。
そして、サディケルもそんな.ルシフェルを理解していた。
「ボク、ルシフェル様を応援してますから!それじゃまた明日!」
それだけ言い残して、サディケルはワープでどこかに去った。
「サディケル・・・・・。」
ルシフェルにはわからなかった。
サディケルの残した言葉。それが、ただ単に彼を励ますためのものなのか、それとも犯行予告なのかは・・・・・。
そして日曜日前日。
「1つ、聞きたいことがある。」
「なんですか?」
「お前は私に恨みでもあるのか?」
夕暮れ。いつものようにやってきたサディケルに、うんざりしたように尋ねる。
「酷いなあ。恨みなんてあるわけないじゃないですか。」
言うサディケルはなんかしらじらしかった。
「恨みがあるとしか思えんな。」
「そんなことないですって!」
「それじゃあ聞くが。」
「聞くのは1つって言ったじゃないですか。」
「亡びの風をその身にうけるがいい・・・・。」
「ちょっと待ってください!わかりました。何でも聞いてください!」
ルシフェルの目がマジだと悟り、慌てて言い直す。
「それで、何が聞きたいんですか?」
「私が折角決心したところに、緑の輪が飛んできた。お前の仕業だな?」
「そうですよ。でも、そのことについては前にも説明したじゃないですか。
フィリア様をルシフェル様が守るというシチュエーションを作ろうと思ったらタイミングが外れたって。」
「ああ、聞いたよ。それだけならいい。後日、私の声色を使ってフィリア様に何か言っただろ。」
「それも言いませんでしたっけ?ルシフェル様があまりにもじれったいんで、ボクが代わりにフィリア様に伝えたんです。
練習したから結構ルシフェル様の声真似うまくなったんですよ。」
「ちなみに、なんて言ったんだ?」
「そんなの恥ずかしくて言えません。」
「口に出せないような恥ずかしい台詞を言ったのか・・・。」
「大丈夫です。フィリア様以外には聞かれてませんから。」
「勘弁してくれ。」
言ったが既に後の祭り。
ルシフェルはこめかみを押さえ、側頭部の鈍痛に耐えた。
「昨日、凄い音がしたがあれは何だ?」
「ああそれは言ってませんでしたね。ルシフェル様のラブシーンを邪魔しようとする輩が現れたので、排除したんです。」
「・・・・・・・。」
もうツッコム気さえ起きない。
「それで?これがどうしてボクがルシフェル様を恨んでるって言うことになるんですか?」
「私とフィリア様は日に日に気まずくなってきている。」
「だってルシフェル様じれったいんですもん。当たり前ですよ。」
精神的に疲れていて、『お前の所為だ』と言えないことが悲しいところ。
「・・・・もういい。」
どこかへ去ろうとするルシフェルの服をサディケルが掴む。
「離せ!」
以前と同じように、言葉に怒気を含ませるが、サディケルは今度は笑顔で受け流す。
「フィリア様はそちらにはいませんよ。」
改めて思う。何故こんなことになったのだろうと。
もともとは、フィリアに自分の本当の気持ちを伝えるために、サディケルの計画を利用してきたのだ。
それが、いつの間にかサディケルに乗せられている気がする。多分気のせいではないだろう。
これもすべて、ルシフェルの優しさ、甘さが原因である。
もう、サディケルにあわせる必要もない。
彼は一冊の本をフィリアに手渡し、真面目な顔で切り出す。
「すみません。」
「え?」
ルシフェルは、サディケルが用意したのとは違う言葉を吐き出した。
とん。
不意にルシフェルの背中を誰かが押した。
まともにバランスを崩した彼は、前のめりに倒れる。もちろん、前にいたフィリアをも巻き込んで・・・。
どうなるかは眼に見えていた。そして、そこに誰かが来るのもお決まりのパターンといえるだろう。
この場合はミカエルだった。
ドサドサッ
「・・・・・。」
ミカエルは落としてしまった本も拾わず、言葉が出ないという感じで口をぱくぱくしている。
ルシフェル当人は、まだ自分がどういう状態になっているのか気づいていない。
「あの・・・・。」
かけられた声は下から聞こえた。
「痛いんですけど・・・・。」
やっと、ルシフェルは理解した。
「あ!あの!え・・・・と・・・これ・・・ちが・・・。」
何やら狼狽しながら慌ててフィリアを床に押さえつけていた手をはなす。
フィリアは赤面しながら、無言でどこかへワープしていった。
「申し訳ありません。何か邪魔してしまったみたいで・・・。」
「違う!誤解だ!」
「男の性ってヤツですね。」
ミカエルはルシフェルの話なんかこれっぽっちも聞いていなかった。ルシフェルは、文字通り頭を抱えて蹲った。
その夜、ルシフェルはフィーナルに帰ってこなかった。
無論、フィリア嬢押し倒しちゃった事件で、ルシフェルの背中を押した犯人がサディケルであることは、言うまでもない。
翌朝、ルシフェルは自分の無実を訴えるだけで、謝りもしなかったことに気づき、フィリアの姿を探した。
彼女はすぐに見つかった。
「あの・・・昨日は本当にすみませんでした。でも、あれは本当に事故だったんです!」
最初、フィリアはきょとんとしていたが、すぐに昨日の事件を思い出した。
「ええ。わかっています。大丈夫ですよ。」
心配後無用というようにフィリアが微笑む。
フィリアのそんな笑顔を見ていると、まるで自分が言い訳を言っているようで情けなくなってくる。
「それでは行きましょうか。」
「ちょっと待ってください!」
「はい?」
ついに言うときが来た。今度はこの間のように逃げ出したりしないと硬く心の中に誓う。
深呼吸を2回ほどし、意を決して声を出す。
「実は、サディケルに聞かれたんです。『本当に好きなのか?』と。『義理で付き合っているのではないのか?』と。」
「・・・・・・・。」
フィリアは何も言わず、ルシフェルの言葉に耳を傾けている。
「私はサディケルの言うことを否定できません。しかし、これだけは信じてください。」
俯かせていた顔を上げ、フィリアを見つめる。
「フィリア様に誘われたとき、私はとても嬉しかったんです。」
それが、偽りの無い、彼の本当の気持ち。
「私は・・・・私のほうは軽い気持ちで貴方を選んだわけではありません・・・・。」
「え?」
彼女の呟きは、静かで、
「行きたくないというのなら強制はしませんけど・・・・でも、私はとしては一緒に来てほしいです。」
その瞳はとても切なげで、だからというわけではないが、ルシフェルはついつい来てしまったのだ。
ちーんと音がしそうな空間。見晴らしの良い小高い丘の上にその墓はあった。
「・・・・これは?」
「お墓です・・・お父様の・・・。」
「ガブリエル様の?」
「いいえ。ランティス博士の方です。」
「・・・・・そうですよね・・・・・・。」
言いながらバカだなと心の中で呟く。
「今日はお父様の命日なんです。
だから、お墓参りを・・・・といっても、私たちがエタニティスペースから出たときには、
もう人工惑星前のネーデは破壊されてしまいましたから、ここにはお父様の名前が彫られている石がおいてあるだけなんですけどね・・・。」
墓に花を供え、周りの雑草をむしりながらフィリアは説明した。ルシフェルも手伝いながらそれを聞いていた。
最後に手を合わせるとき、フィリアはそっと呟いた。
「――――――」
「え?」
しかしその呟きは誰にも聞かれること無く、風に流されてしまった。
「今日は付き合ってもらってありがとうございました。」
このときになって彼は初めて気がついた。
「付き合うってこのことだったんですか・・・。」
「ええ・・・・そうですけど・・・・なんだと思ってたんですか?」
きょとんと問いかけるフィリアに、苦笑しながらなんでもありませんと返す。
今までフィリアにしてきたことを思い出し、恥ずかしさがこみ上げてくる。
「でも、何故私を?」
「皆さん、お忙しそうでしたから。」
(それは私が暇そうだったと言いたいのだろうか?)
「それに、お父様のことをとても尊敬されていたでしょう?」
確かに、その通りだった。
「それでは、もう1つ聞かせてください。何故ガブリエル様に知らせてはいけないんですか?」
ルシフェルがそう尋ねると、彼女は悲しそうに眼を伏せた。
「嫌だと・・・・思うんです。自分の墓参りをされてるみたいで・・・。」
確かに、複雑な心境になるだろう。
「だから、ここに来たことも、秘密にしておいてください。」
「わかりました。」
「それではそろそろ戻りましょう。きっとお父様も心配しています。」
「そうですね。」
これでやっともとの平和な生活に戻れる。そう思ったのが間違いだった。
「ガブリエル様がお呼びです。」
フィーナルに戻ってくるなり、ハニエルの口からそう告げられた。
「わかった。すぐ行く。」
「あの・・・・ルシフェル様・・・。」
「ん?なんだ?」
しかし、ハニエルは何も言わない。言うべきか言わざるべきか迷っているようだ。
仄かに漂うハニルシの気配。
「あの・・・・。」
「断る。」
それを感じ取った瞬間、ルシフェルは反射的にそう言っていた。
「え?しかし・・・。」
流石にハニエルは戸惑いを隠せない。
「お前の気持ちはうれしいが・・・。」
(実際はかなり迷惑だが・・・。)
「ガブリエル様が呼んでいるので私はもう行く。」
ガブリエルをだしに使い、なんとかルシフェルは難を逃れた。
「本当に大丈夫か・・?」
ハニエルは手元のバブルローションに目を落とす。
正直言うと裏切るような感じがして、少し気が引けていたので、断ると言われたときには、本当にほっとした。
もう一度、ルシフェルの去った方向を見やる。そして、ぽいっとバブルローションを投げ捨てた。
「ルシフェル様も反省してるってことかな。」
これから地獄めぐりの旅に出ることになるであろうルシフェルに合掌した。
(一体なんだというんだ?)
ガブリエルのところに行くときに、ルシフェルの頭はその疑問に支配された。
途中で会う仲間たちは、あるものはあからさまにルシフェルを避け、あるものは彼に白い視線を投げかけていた。
(何があったんだ?)
言い知れぬ不安を胸に抱きつつ、ルシフェルはガブリエルの部屋の扉を開いた。
「お呼びですか?」
「ああ。」
答える声は、恐ろしく静かで、ルシフェルは背中に悪寒が走るのを感じた。
「昨日、私のフィリアをおそったそうだな?」
「!!」
十賢者たちの奇怪な行動の理由がわかった。
昨日のフィリア嬢押し倒しちゃった事件が噂として広まってしまったのだろう。犯人はおそらくサディケルか、ミカエル。
「いや・・・・あれは事故で・・・。」
「聞く耳もたん!!」
そして、ルシフェルの悲鳴がフィーナルに響き渡った。
その後、半死半生でガブリエルから逃れたルシフェルは、まずミカエルを探し出し、半殺しにした。
そして、サディケルは、数ヶ月間ルシフェルから逃げ切り、新たな弱みを握ると再びフィーナルに戻ってきたのだった。
えんど