私がそのことを知ったのは、
その事件がおきてから
数ヶ月経った後だった
喪失
「は?」
突然妙なことを言い出したサディケルを私は振り返る。
「ですから、フィリア様が殺されました。」
どういうことだ?サディケルは十賢者の中でも、比較的完成度の高い素体だ。もしかして・・・。
「誤情報に踊らされているようではまだまだ一人前とはいえないぞ。」
「ほ・・・本当ですよ!ランティス博士!ちゃんと確認もしました。」
「センサーの調子が悪いのかもしれないな。」
「信じてください博士」
「あの悪運の強い娘がそうそう殺されるものか。」
それに、あれでも一応私の娘なのだからな。
後の言葉は心の奥にしまい、後で検査してやるからと言って再びパソコンと向き合った。
・・・・サディケルは結構自信作だったのに・・・。
「博士、アーノルド中尉が来られましたよ。博士」
ルシフェルが客人の訪れを告げる声に私は目を覚ました。
「ああ・・・・すまない。応接室で待たせておいてくれ。」
ルシフェルに指示をだして私も身支度を整える。
アーノルド中尉というのはなんだかやたらと武力解決がすきなネーデ軍の中尉である。
十賢者計画に強い反感を持っていて、私を酷く毛嫌いしている。
私もこういう奴とは仲良くしたいとは思わないが、皮肉なことにこいつが私の観察官なのだ。
何故彼がこういう役目を任されたのかとても気になるところだが、まあおそらく十賢者たちの欠点でも見つけてこの計画を潰そうと自ら名乗り出たというところだろう。
それ故、こうして度々私の研究室に訪れては、十賢者達の進行度を確認し、いやみを言って帰っていく。
応接室で私を迎えたのは仏頂面の中尉とその部下2名。
「昼間から昼寝とはいいご身分だな。」
いきなりいやみかい。慣れているとはいえやっぱりムカつく。
「昼と夜とが逆転しているだけです。昨晩も大体夜中の3時くらいまで研究室にこもってましたから。それに中尉、昼間に寝るから昼寝というわけで、夜に昼寝とは言いません。」
どうだ!なんだかんだ言って私の方が頭がいいのだから口で勝てると思うな!
・・・・・・・。
なんだか大人気ないな。
いかん、このままではまたフィリアに嫌われてしまうではないか。
「そんなことはどうでもいい。残りの一体はどうなってるんだ。」
「それでは、移動しながらお話しましょう。こちらへどうぞ。」
残りの一体、ガブリエルのことを大雑把に話し、まだ未完成の実物を見せた後、再び応接室に戻り、問題点などの説明を加えていく。最も、ここら辺は専門用語などが中心になっていくから、中尉には理解できないだろう。
「とまあ、こんな感じですね。」
「それで、何時ごろ完成するのだ。」
「来週にはすべての設定が終わっていると思います。」
「ふむ、そうか。それじゃあもうそろそろ失礼する。来週の今日、今度は完成品を見に来るからな。」
そして、中尉を玄関まで送り、ガブリエルの調整を少ししてから、今日は早めに寝よう。
あ、そういえばあんなこと言ってたな。
これも・・・・報告しなきゃダメだよな。
「あの、中尉。」
「なんだ?早く帰りたいんだ手短に済ませろ。」
早く帰って欲しいです。
「サディケルが少し調子が悪いみたいなんで、そのことを一応報告しておこうと。」
「そんなことを言われても俺にはどうも出来ないぞ。」
そんくらいわかってるよ。
っていうか、おかしいことは隠さず報告しろって言ったのあんたじゃん。
「それで、何がおかしいんだ?」
「誤情報に踊らされやすいみたいですね。この間、私に変なことを言ってきましたから。」
「ほう。そのちびはどんな情報を持ってきたんだ?」
なんですか、その興味津々という目は。
早く帰りたいんじゃないのか。
もう私の言いたいことはいい終わった。
「いえ、大したことじゃありませんよ。」
「馬鹿言え。それが誤情報ではなかったらどうする。」
どうもしませんよ。というか、誤情報に決まってる。
しかもこれプライベートの侵害じゃないんですか。
「なんか私の娘が殺されたって言ってきたんです。誤情報ですよねこれ。もし本当に死んでたら軍の人が知らせてくれるでしょうし。」
「その情報は本当だぞ。」
・・・・・え?
「お前の娘は反乱軍のテロで殺された。」
こいつ・・・・何言ってるんだ・・・?
死んだ?あるわけない。そんなことは・・・・絶対に・・・。
「博士?」
気がつけば、側でサディケルが心配そうに私を見上げていた。
中尉もいつのまにかいなくなっている。
「中尉は?」
「帰りました。何か嬉しそうでしたよ。」
そういうことか。
「大丈夫ですか博士?」
「大丈夫だ。だいぶ落ち着いてきた。しかし、こんな馬鹿げた嘘を信じるなんて私はどうかしてる。」
おそらく、こう言えば、十賢者計画に差し支えるとでも思っていたのだろうな。
「嘘じゃありませんよ。」
「サディケル、お前まだそんなことを言っているのか。」
「現地まで行って確かめてきました。ルシフェルも一緒です。」
ルシフェルも・・・・。
「サディケルの言っていることは真実です。」
「ルシフェル、お前も壊れたか。」
「十賢者計画反対派のテロです。フィリア様は武器を捨て、話し合いを呼びかけましたが、殺されました。」
やめろ。
「よく似た別の人じゃないか?」
「女性は、フィリア様1人だったそうです。」
やめろ。
「やめろ!!」
何だろう。怒りと一緒にこみあげてくる感情は。
「お前らは、そんなにフィリアを殺したいのか!」
「そんな!僕たちはただ・・・・。」
何故だ。
「博士・・・・フィリア様随分と帰りが遅いですね。何時になったら帰ってくるんですか?」
「もうすぐ・・・・・今すぐにでも・・・帰ってくるさ。」
何故私は泣いている。
「もし・・・・仮に本当に死んでいたとして、何故軍はそれを知らせない!」
「知れば、十賢者計画に差し支えると考えたのではないでしょうか。」
本当に
フィリア
嘘だ
何故?
私はただ利用されていたにすぎなかった
嘘だ
ありえない
何かの間違いだ
胸が痛い
反乱軍
憎い
軍にとって私はただの道具
混乱し、さまざまな思いが飛び交っている頭とは裏腹に、足は静かに研究室へ向かっていた。
「フィリア・・・・嘘だろう?」
私の問に答えるものはなく、私の目からはとめどなく涙が溢れている。
そして、研究室に入った私の視界に、赤いものが飛び込んできた。
「最終破壊兵器ガブリエル」
そんなに、早く戦争を終わらせたいなら・・・・私が終止符を打ってやる。
すべてを
消し去る
戦争を・・・・・・世界を終わらせてやる。
私は研究所内の全ての防衛機構を作動させ、ガブリエルと向き合った。
誰にも邪魔されないように。
外は、大分騒がしくなっていた。
私はあれから十賢者達の最終目的を「辺境惑星の管理」から「全宇宙の破壊」に書き換え、周辺の施設に攻撃をするように命じた。
これに、ネーデの駐留軍が出動した。
駐留軍は苦戦していたみたいだが、流石の十賢者たちもあれを相手にするのは少々きびしいようだ。
徐々にこの研究所に追い詰められている。
だが、この戦局ももうすぐ変わる。
最終破壊兵器ガブリエルがたった今完成した。
ガブリエルには他の9人についている力の制御装置がついていない。
ガブリエルが目覚め、攻撃を開始すれば、今戦っている駐留軍では歯が立つまい。
「うああああ!!」
軍側の人間の耳障りの悪い悲鳴が、此処まで聞こえてきた。
窓に目をやると、ミカエルがその人間を殺したところだった。
まるで地獄だな。
地面は血で染まり、至るところに死体がころがっている。
私の感情が正常にはたらいていたら、目をそむけていただろう。
フィリアを失った悲しみ、フィリアを殺した反乱軍への憎悪、何も知らせなかったネーデ軍への怒り、そして、何もできなかった、何も知らなかった私の虚しさ。
今の私にはこれ以外の感情はすべて消えてしまった。
「お父様。」
呼ばれて初めて私以外の人間がいることに気がついた。
「フィリア。」
私は、如何しても、フィリアの笑顔が見たくて、フィリアの思考ルーチンをガブリエルに投与し、実体化できるようにプログラムした。
同時に、私の怒りが永遠に風化しないよう、私自身の思考ルーチンも投与した。
蘇ったフィリアは完璧のはずだった。
しかし、何かが違う。根本的な何かが違うのだ。
結局、フィリアはもう戻ることはないのだという事実を再確認させられただけだった。
「どうした?」
「・・・・・・何を・・・・しているのですか?」
フィリアは、静かに問いかけた。
言っている意味がよくわからない。
「何って・・・。」
「十賢者を使って、建物を破壊して、人を殺して、お父様は何故こんなことをしているのですか?」
「私は・・・ただ・・・」
何を言っているんだ。
「私は、お前を殺した奴が許せないだけだ。」
「私はそんなことを望んではいません。」
どうしたんだ?
「どうしたんだフィリア?」
「私は、世界中の人を幸せにしたいと思ってた・・・・。」
それは、フィリアが口癖のように言っていた言葉。
「でも、私はお父様さえも幸せにすることができなかった。」
何を・・・していたんだろう?
「お父様!こんな親不孝な娘で本当にごめんなさい!」
これで、フィリアが蘇るといこともないのに・・・・・。
フィリアは、私の胸に飛び込んで、そこに顔をうずめ、泣いていた。
違う。私はこんなフィリアが見たかったわけじゃない。
私もまた、フィリアを抱きしめ、泣いた。
失ったものは戻らない。
何かを失う辛さを受け止め、傷つきながら前に進むことで、人は強くなれるのだろう。
私は受け止める勇気も、強さも持ち合わせてはいなかった。
そして、周りに八つ当たりをしていたのだな。
「すまなかった。私はお前の気持ちを考えてやることが出来なかった。ダメな父親だな。」
「そんなことありません。私は幸せです。」
ありがとう。フィリアは、どんなときでも優しいな。
「私・・・今でも世界中の人々に幸せになってほしいと思ってるんです。反乱軍の人たちも、ネーデ軍の人たちも、もちろん、お父様も・・・・。でも、お父様私がいないと何もできないんですよね。心配だから、あと少しここにいたいんですけど・・・もう・・行かなくちゃいけないんです。」
「何処に行くんだ!?」
行くな!
「遠くです。」
何処にも行かないでくれ!!
「何故だ!何故私から離れていく必要がある!私はそんな指示は出していない!」
「ごめんなさい・・・。」
徐々に、フィリアが光に包まれていく。
私は、フィリアを抱きしめる腕に力を入れた。フィリアが、消えてしまわないように・・・。
しかし、私の腕の中で、フィリアの存在は、どんどん薄くなっていく。
「ありがとう・・・・お父様・・・・。」
そして、フィリアはいなくなった。
バン!
勢いよく開けた扉の音が研究室に響く。
その室内に引っ張り出された簡易ベッドの上に静かにガブリエルが寝かされている。
「・・・・・・・?」
何がなんだかわからない。
ガブリエルは、プログラム調整のための睡眠に入っている。
そして、その睡眠状態のときは、フィリアも実体化できない。
私が、いろいろ考えているうちに、ガブリエルは目を覚ました。
起き上がったガブリエルの隣に、フィリアが姿を現す。
「フィリア、どうやって私の部屋まで来たんだ?」
「お父様の部屋には行ってませんけど・・・。」
相変わらず、何かが欠けているフィリア。
先程のフィリアにはそれがあったのに、今目の前にいるフィリアにはない。
「それでは、遠くに行くというのは・・・・?」
「遠く・・・ですか?お父様が行けというのなら行きますが・・・・。」
そうか・・・・そういうことか・・・・。
「いや・・・・いい。ハハハ・・・なんでもない、気にしないでくれ。」
ガブリエルとフィリア、2人して私のことを変な顔をして見ている。
まあ、当たり前か・・・・私は今、泣きながら笑っている。
なんとも可笑しなことだ。
「ガブリエル、外にいる9人を、地下にある研究室の方に集めてくれ。」
「了解しました。」
私は、一足先に行って準備をしなければな・・・。
パスワードの入力完了。
あとは、あいつらがきて、このスイッチを押せば、もう終わる。
フィリア・・・お前にはいろいろ心配をかけたな・・・。
「博士・・・。」
これで、すべてがそろった。
「やっと完成したんですね。」
ルシフェルが、嬉しそうに私に近寄る。
彼らはガブリエルの完成を一番待ち望んでいた。
よほど嬉しいのか、皆顔が明るい。
「ああ。しかし、これからお前達にはエタニティスペースに入ってもらう。」
私の言っている意味がよくわからないのだろう、ただ、呆然と立ちすくんでいる。
「い・・・・いやだ!」
やがて、誰かがそんな悲鳴に近い叫びを洩らした。
私がスイッチを押そうと手を伸ばしかけたときだ。
そして、その1人から、波紋のように、広がっていった。
「博士!お願いです。もう一度チャンスをください!」
「今度こそ、表にいるネーデ軍も含め破壊しますから!」
そうじゃない。私は、お前達の力に不満を抱いているわけじゃない。
今から、再びプログラムを書き換えたとしても、十賢者達の破壊は免れないだろう。
勝手な話だが、お前達には生きてほしいのだ。
フィリアと・・・・・私の分まで・・・・。
「すまない。」
私は、一方的に言い放ち、スイッチを押した。
私を呼ぶ声が、次第に少なくなっていく。
「お父様。」
そして、最後に残ったのは、フィリア。
「お前にも悪いことをしたな。私自身がしたことだが、ガブリエルには、私の憎悪が残っている。お前が、リミッターとなってあいつを制御してやってくれ。」
私は、振り返らずに、言った。
それが聞こえたかどうかはわからない。気がつけば、エタニティスペースは閉じ、私1人がその場に残されていた。
私は、ダメな父親だった。フィリアにたいしても、十賢者達にたいしても・・・・。
何をしても償いきれない。
フィリアは、私に幸せになってほしいと言っていたが、私にはフィリアがいない幸せなど、存在しない。
私は、机の上にある薬を手に取り、飲んだ。私が調合した強力な毒薬。
不思議と、苦痛はなかった。
「フィリア・・・・。」
また・・・・お前に叱られてしまうな・・・・。
そして、私の意識はなくなった。