辺りは騒然となった。
 彼らは互いに顔を見合わせ、次いで鬼との顔を交互に見るという動作を繰り返している。
 流石に居心地の悪くなったが思わず「何だ?」と口走る。すると、今まで後ろのほうに控えていた鬼が前に出てきた。
「私がリズヴァーンです。」
「………は?」
 大分間抜けな声が出てきたが今はそれどころではなかった。言葉が続かず固まっているになおも鬼は続ける。
「貴女は、姉上ではありませんか?」
 再び周りがざわめく。当然だ。は現在数え年で26歳、外見も歳相応である。どう贔屓目に考えてもこの目の前の大男に姉と呼ばれる要素が存在しないのだ。
 数秒後、硬直が溶けたは、やっとのことで声を絞り出した。
「私は貴殿のような大きな弟を持った覚えは無いが……。
 先程も申したとおり、私が探して居るのは、9つの幼子。背丈はこのくらいです。」
 言っては自分の胸の辺りに手を持っていく。
 鬼は納得したのかしてないのか、黙り込む。
「貴殿もあの子と同じように人間の娘に養われたのですね。
 だが、名が一致したことは偶然でしょう。」
「しかし、という姉の名前までは偶然とは思えませぬ。」
 刹那、の目が見開かれる。
「何故……私の名を?」
 自分の記憶が確かなら、彼らに名乗った覚えは無い。それにもかかわらず、この目の前の鬼は自分の名前を言い当てた。しかもそれが彼の姉の名だと言う。
「お主……本当にリズなのか…?」
 リズヴァーンは、ゆっくりと頷く。
「ちょっと待って。
 これって一体どういうこと?」
 事の成り行きを見守っていた尼僧が口を挟む。
「私とて何が何だか分からぬわ!
 鬼の一族と言うものは、一晩でこのように大きくなるものなのか!?」
 すっかり混乱しているのだろう、「世の神秘だ!!」と叫ぶ
「あ〜どうやら込み入った話になりそうだね。良かったらとりあえず、一旦邸の方へ戻らない?
 ほら、もうすぐ日も暮れちゃうし。」
 陰陽師の提案に以外の一同は頷き、彼女の背中を押して、その場を離れた。

 京邸という所に連れてこられ、とりあえずの落ち着きを取り戻したはリズヴァーンから何故ここに居るのかとことの成り行きを説明するように言われた。
 二人しか居ない空間に、静かに彼女の声が響く。
「お主、首飾りをしていたであろう?白い、何かの鱗の様な形をしたやつだ。
 それが物珍しくてな、前々から気になってはいたのだが、昨夜手にとって眺めていたら突然光りだしたのだ。
 そして、気がつけば見知らぬ町に居た。
 だが、通りすがりの御仁に聞けばそこは京の六波羅だと言うし、庵に戻っても誰も居らぬ。挙句の果てにお主はこんなに大きくなって居るし、一体何がどうなっておるのだ?」
 リズヴァーンは暫く黙し、それから「成程」とポツリと漏らす。
「だーかーら!!私にも分かるようにお主も説明せい!」
「姉上は時空を越えられたのです。」
「時空?」
 彼は頷く。
「今は姉上が光に飲み込まれたときより、25年の歳月が流れています。」
「25年!?」
 驚きに声を荒げるにリズヴァーンは首肯する。
「信じられませんか?」
「俄かにはな。しかしこうして大きくなったお主や、変わりすぎた町並みを見れば信ぜざるを得ぬ。」
 は一度口を閉ざし、そして、何度か「25年か」と自身に納得させるように呟く。
「姉上に頼みがあります。」
 改めて居住まいを正したリズヴァーンを、疑問符を浮かべながら見つめる。
「今、平家の者が怨霊を使い、京を掌中に治めようとしている所為で世は乱れています。」
「掌中に収めるも何も、平家は朝廷に居座っておるではないか。」
「あれから世は変わり、各地で武士達が平氏政権に反旗を翻し、平家は都落ちを余儀なくされました。」
「そうなのか……。」
 は顎に手を当て何事かを考えつつも、目で先を促すように続けた。
「ですが、先程も言ったとおり平家が怨霊を使っている所為でどうなるか分かりません。
 そこで、異世界から白龍の神子が召喚されました。」
 「それがあの髪の長い少女です。」と告げる言葉に、はその少女の顔を思い浮かべる。笑顔が似合う娘だと思い、尼僧が淹れてくれた茶を口に含む。
「神子は、怨霊を操る平家と戦い、私は神子を守る八葉に選ばれました。」
 ゴフッと奇妙な音を立てて、彼女は茶を喉に詰まらせた。
「姉上……。」
 苦しそうに咽るに何か物言いたげな視線を送るリズヴァーン。
「気にするな。先を続けろ。」
「……。
 頼みと云うのは、姉上にも共に戦っていただきと云うことです。」
 承諾するかどうか、数秒の逡巡の後、は「確認するが」と切り出した。
「その神子は平家の敵なのだな?」
「無論。」
「ならば聞くまでも無い。喜んで協力させてもらおう。」
 笑顔で答えては茶を一気に飲み干し、立ち上がった。
「そうと決まれば私はお前の仲間たちに挨拶をしてくるとしよう。」

「先生の恩師とは露知らず、先程は失礼しました!」
 リズヴァーンと皆がいる部屋に移動すると、突然橙色の髪の武士に頭を下げられた。
 何を言っているのか分からなかったが、それが先程自分に突っかかってきたことだということを悟ると、苦笑しながら片手を上げる。
「よいよい。
 自らの師と仰ぐ人物にあのような物言いをされれば誰だって怒る。」
「しかし…。」
「それに、お主が私のことを見抜けなかったのも無理は無い。
 いろいろあって私は25年もの時を越えてしまったらしくてな。今ではリズのほうが年上だ。」
 そう言って笑うを視界に留めたまま、神子は隣の眼鏡の少年の肩を叩き、「何だか私たちみたいだね。」と囁く。
 それに視線で問いかけると、少年は眼鏡を押し上げて親切にも説明してくれた。
「俺たちとあと俺の兄さんは異世界から来たんですが、兄さんだけ何故か3年前に飛ばされてしまったらしいんですよ。」
「私とは同い年だったのに、一気に歳離されちゃった。」
 無邪気に笑う神子。彼女を見ていると自然と心が癒されるような感じがしていた。
「その気持ちは分かるぞ。
 私なぞ昨夜まで幼子であったからな。心境はもっと複雑だ。」
 神子に笑顔を返し、再びはいまだ俯いたままの武士と向き直る。
「と、言うことだ。お主が気に病むことではない。
 それに、お主のように勢いのある男は嫌いではない。否、寧ろとても好感が持てる。お主になら嫁いでもいい。」
 さり気無く口にすると、武士の顔は見る見るうちに赤くなっていく。
 武士の初心な心を一瞬で理解したは、意地悪く口角を吊り上げた。
 もう少しからかってやろうと口を開きかけると、後ろから痛い視線。振り返ればリズヴァーンが早く先へ進めろと無言で促している。
 とりあえず、何時からそんなに偉くなったんだという心持を視線に乗せて一瞥してから、再び武士に顔を向ける。
「して、お主の名を聞かせてはもらえぬか?」
「はい。俺の名は源九郎義経と言います。」
「うむ。私は。今日からお主らと共に戦うことになったのでな、宜しく頼む。」
 「え?」と辺りにどよめきが生じる。
 幾ら腰に刀を差しているとはいえ、比較的小柄な体躯のは戦うという印象が着き難いようだ。
殿も戦う……のですか?」
「九郎、心配は要らない。姉上はこう見えて私の剣の師でもある。」
「そうなんですか!?それは失礼しました。
 皆も依存は無いな?」
 恐らくこの中で一番の発言力があるのがこの九郎なのだろう。
 彼が承諾したのだから最早他の者たちに依存があるはずもなかった。

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